羽田空港の清掃員・新津春子(にいつ はるこ)さんが金スマに登場されます。
新津さんは、清掃員と言っても、その辺の清掃員ではなく、羽田空港を「世界一清潔な空港」に導いた張本人。しかし、ただのお掃除好きというわけではなく、これまでの人生には壮絶な歴史がありました。
今回は、羽田空港で働く伝説の清掃員・新津春子さんに迫ってみます。
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新津春子 Wiki風プロフィール
清掃員ではなく、今では清掃の職人と呼ばれる新津春子さん。
新津さんがメディアに出演し、話をするところを見れば、純粋な日本人ではないことに誰もが気づくと思います。
新津さんは、1970年、中国の瀋陽で生まれます。
父親は第二次世界大戦後に日本に戻ることができなかった残留孤児、そして母親は中国人。
新津さんが17歳の時、やっと家族で日本に帰国することができましたが、この時点で日本語が話せたのは父親だけでした。
母親は中国人、新津春子さんも中国生まれの中国育ち、日本語が話せないのは当たり前のことですが、それでも日本に戻ってきた新津さん一家。それまでの中国での暮らしの厳しさが伝わってきますね。
新津さんは高校に通い始めたものの、家計は苦しかったため、清掃のアルバイトをやり始めます。
どうして、清掃のアルバイトか。それは、言葉が不自由な新津さんができる仕事が清掃しかなかったから。
高校を卒業してからは、ヘッドホンを作る音響機器のメーカーに就職した新津さんですが、清掃のアルバイトはずっと続けていたそう。
3年が経ち、音響機器の会社を辞め、ビルのクリーニング管理の講座を受け、清掃の方法やメンテナンスについて徹底的に学び、23歳で日本空港技術サービス(現在は日本空港テクノ株式会社)にアルバイトとして入社したのでした。
その2年後には、全国ビルクリーニング技能競技会で見事優勝。それも史上最年少かつ満点での優勝だったと言いますから、すごいとしか言いようがありません。
その後は、羽田空港の清掃の技術を指導する立場として活躍されているのは有名ですね。
新津春子の夫はいるのか?
現在46歳の新津さんですが、それだけきれい好きだと夫がいるのか気になりますね。
調べてみると、全国ビルクリーニング技能競技会で優勝された次の年に結婚されているようです。
ちなみに、新津さん家族が日本に渡ったきっかけが、日中国交正常化。その張本人・田中角栄さんの名前から、日本に来てからは「田中」姓を名乗っていたそうです。
ということで、新津は結婚してからのお名前ということになります。
どんな方がお相手なのか、一般の方ですので情報はありませんが、結婚された時期は清掃のプロとしての技を極めていた時期。きっと多忙だったでしょうから、同じ職場に新津さんの魅力を認める男性がいたのではないかと思えてなりません。
たどたどしい日本語ながら、その言葉の1つ1つはどれも前向きで、優しい気持ちが溢れています。
こんな言葉をそばで聞いていたら、新津さんの魅力に引き込まれる男性も多いでしょうね。
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思いやりとやさしさが原点
新津さんと同じ年の私としては、否が応でも親近感が湧くわけですが、いろんなことに手を出しては、どれも中途半端な私としては、何かを極めた人はやはりすばらしいなと思います。
それも世界一の称号を手に入れるとは、並大抵の苦労ではなかったはずです。
中国から帰国した直後はいじめも受けたという新津さんですが、それでも日々誠実に一生懸命清掃に取り組んできました。
だからこそ、新津さんが恩師と呼ぶ元上司・鈴木優さんとの出会いがあったのではないかと思います。
鈴木さんの厳しくも温かい指導を受けることで、世界一の清掃職人となった新津さんは、今は後輩の指導に務める毎日のようです。
人を思いやる気持ちが、清掃、そして後輩の指導の原点だそう。こんな上司がたくさんいれば、日本に「やさしさ」があふれそうですね。
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